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今井むつみさんの書籍から学ぶ「学び」の本質(中編)

  • HT
  • 5月18日
  • 読了時間: 8分

更新日:6月12日


(お断り)

前回、今回のテーマのブログを前編と後編に分けて投稿するとお伝えしましたが、後半編として予定していた量が多くなってしまったため、それをさらに2つに分けて、今回は中編といたします。



スキーマとは

「スキーマ」という言葉が繰り返し出てきますので、まずその言葉の解説を載せておきます。


「スキーマ」とは、過去の経験や知識に基づいて形成される、外界を理解するための枠組みのことです。いわば、私たちの頭の中に存在する「心の地図」のようなもの。この地図を使って、私たちは新しい情報を受け取り、世界を解釈しています。

スキーマの働きには以下のようなものがあります。


  • 情報の整理:新しい情報が入ってくると、私たちは自動的にその情報を既存のスキーマに当てはめようとします。これにより情報が整理され、効率的に処理できるようになります。

  • 予測:スキーマは、ある状況で何が起こるかを予測するのに役立ちます。たとえば「レストラン」というスキーマを持っていれば、レストランに入ったときにメニューがあることや店員が注文を聞きに来ることなどを予測できます。

  • 解釈:曖昧な情報や不足している情報を補完し、意味を解釈するのに役立ちます。

  • 記憶:スキーマに一致する情報は、より記憶されやすくなります。


スキーマは私たちの思考や行動に大きな影響を与えます。良い点としては、効率的な情報処理ができること、新しい情報を素早く理解し、予測に基づいた行動がとれること、状況に応じた適切な行動ができることなどが挙げられます。一方で、固定観念や偏見につながる可能性もあります。スキーマに合わない新しい情報は受け入れにくく、特定のグループに対して否定的なスキーマを持っていると偏見が生じます。また、ある状況についてネガティブなスキーマを持っていると、その場面でうまくいかないこともあります。

(出典)精神保健福祉士・介護福祉士 伊藤大宜 ながはまメンタルクリニック ウェブサイト:


スキーマについては、また別の機会にブログで詳しく書くつもりです。大人の方にとっても有用な知識だと思います。


それでは本の解説に戻ります。



誤答のパターン


2020年10月、広島県福山市で行われた算数文章題テストの結果から、次のような誤答のタイプが明らかになったそうです。


小学3,4年生用問題の誤答タイプ

意味を考えずに問題文の数字で立式する

問題文の状況のイメージを式にできない

問題文の状況をそもそもイメージできない

解くための複数のステップの負荷を回避する

わり算と引き算の混同

わり算とかけ算の混同

時間の単位変換が不確か

繰り下がりを回避

 

小学5年生については、上記の誤答に加えて、以下のようなタイプもあったそうです。

小学5年生用問題の誤答タイプ

立式に必要なイメージを作れない

数についてのスキーマが弱い

問題にない数字を補って推論できない


著者は、中学生にも同様の算数(数学)文章題調査を行っており、次のような課題が浮き彫りになったと述べています。


  • 数量を抽象的な「数学の記号」として表現できない。

  • 数字や演算記号、方程式のそれぞれの「意味」が腑に落ちていない。

  • 小学生時代に理解できなかった分数や割合などの基本概念が、そのまま理解できない状態で残っている。

  • 四則計算(足し算・引き算・かけ算・わり算)の意味が引き続きわからない。

  • 数学を学ぶことの意味がますます理解できなくなり、小学校高学年で増加した算数への学習性無力感が中学生になってさらに強まっている。


そして、「すべてが『意味の不理解』に帰着する。小学生時代に意味がわからないまま積み残された基本的な概念がたくさんある」と結論づけています。


私の指導経験から見ても、まさにその通りだと感じます。特に文章題に取り組めないのは、小学生に限らず中学生にも広く見られる傾向です。


なお、上記の網掛けした項目について補足しておきます。


「解くための複数のステップの負荷を回避する」とは、まず文章題を解く際に、以下のといった一連のプロセスを踏まなければなりません。


① 問題文で何が問われているかを読み取る。

② どのような式を作るかを考える。

③ 立式の際にどの公式を用いるかを選ぶ。

④ 立式後の計算を正確に行う。

(⑤ 単位が合っているかを確認する。)


これらのステップは、子どもによっては非常に負担が大きく、思考の途中であきらめてしまったり、集中が切れて計算ミスをしてしまったりする原因になります。


「数についてのスキーマが弱い」とは、たとえば“倍”という言葉を聞くと「数が大きくなること」と単純に捉えてしまうことや、分数の「1/2」と「1/3」の大小関係が正しく理解できないといった状況を指します。


著者はさらに、中学生にも数学(算数)の文章題に関する調査を行い、以下のような問題点が浮き彫りになったと述べています。


  • 数量を抽象的な「数学の記号」として表現することができない。

  • 数字や演算記号のそれぞれの「意味」、および方程式の「意味」が理解できていない。

  • 小学生のときに理解できなかった分数や割合などの基本概念が、現在も理解されないまま残っている。

  • 四則演算(足し算、引き算、かけ算、わり算)の意味を引き続き理解していない。

  • 数学を学ぶ意義が見出せず、小学校高学年で増加した「算数への学習性無力感」を中学生になっても引きずっている。


そして、「すべては“意味の不理解”に帰着する。小学生のときに意味がわからないまま積み残された基本的な概念が数多く存在する」と結論づけています。


私の長年の指導経験から見ても、これらの傾向は非常に的を射ています。特に文章題に対する苦手意識は、小学生だけでなく中学生にも広く見られるものです。



学びの困難さ・学習のつまずきの原因


著者は調査結果を分析し、以下の7点を学習のつまずきの主な原因として挙げています(※以下の内容は、私が簡潔に要約したものであり、原文とは表現が異なる部分があります)。


  1. 理解が不十分であり、知識が適切に身についていない。

  2. 学習した内容を誤って理解している。

  3. 「考える力」が弱い。正確には、複数のステップを経て解決する問題に取り組む工夫をしようとしない。

  4. 自分なりのやり方に強くこだわってしまう。

  5. 文章に書かれていない情報を補って状況をイメージすることができない。

  6. 見直しや振り返り、復習をしない。

  7. 何のために勉強するのかがわからず、学習の意味を見いだせない。


指導の現場で感じるのは、1と2については比較的早く気づきやすく、対応もしやすい点です。一方、3と5は思考力に関わる問題であり、基礎がある程度固まった後の、次のステップとしての学習課題と言えるでしょう。著者は3の課題について、「思考力そのものの欠如」というよりも、「思考のコントロール(=情報処理能力)の問題」であると指摘しています。たとえば補助線を引いて図を見やすくするなど、自分なりに工夫する力です。


一方、4・6・7については、生徒の学習習慣や性格、家庭環境やこれまでの生活体験など、より個別的・背景的な要因が関係していると考えられます。


これらの原因は、大きく「数につまずく」「読解につまずく」「思考につまずく」の3つに分類できるとされています。


■「数につまずく」とは 数字が持つ抽象的な意味を理解できていない状態を指します。たとえば、「1」は単なる「1個」ではなく、「基準量」としての意味もあります。リンゴ10個がひと袋にまとめられると、それが「1袋」=「1」となるような概念が理解できないと、分数や割合の理解も難しくなってしまいます。


■「読解につまずく」とは 著者は以下の①〜⑥の能力を読解に必要な構成要素として挙げています。

  1. 視覚的に文字画像を「文字」として認識する能力(視覚認識)

  2. 文字の並びから単語を認識する能力(語彙認識)

  3. 文字を音に変換する能力(音韻処理)

  4. 単語の意味を記憶から取り出し、文法知識と組み合わせて文の意味を構築する能力

  5. 文章のトピックに関するスキーマを想起し、行間を補いながら文章全体の意味を理解する能力

  6. 文章全体の意味の一貫性やつじつまを評価し、不整合があれば意味を調整する能力


このうち①~③の能力が不足している場合は、学習障害の可能性も考えられるとのことです。一方で、一般的に「読解力がない」と見なされるのは、④~⑥の力が十分に育っていないケースだといいます。語彙力の不足や、その語彙を文脈の中で活かす思考力の弱さなどが該当します。


著者は特に3の「音に変換する力」の重要性を強調しています。人間は外界から入る情報の約8割を視覚から受け取っていると言われていますが、個人的には「音」から情報を入ることの重要性に同意します。経験的に、国語の「音読」や英語のリスニングといった活動が効果的だと実感しているからです。


■「思考につまずく」とは この点については、私の言葉で以下のようにまとめられます。

  • 知っている知識を、どのように、どの場面で使えばよいか判断できるか

  • 図や形、問題の状況を心の中でイメージし、操作できるか

  • 頭の中で処理が難しいときに、紙に書いたり図を描いたりして整理できるか

  • 大小・軽重・形の違いなど複数の視点から、どの要素を重視すべきか判断できるか

  • 共通点や相違点を見つけ、それを別の判断に応用できるか

  • 規則性を見つけ、それが他の事例にも当てはまるかを検証できるか

  • 導き出した答えを振り返り、間違いがあれば修正できるか

  • 直感と論理的思考を状況に応じて使い分けられるか

  • 既存の知識と新たに得た知識を比較し、統合して新しい考えを生み出せるか


まとめると、これらのような困難さや課題が複合的に絡み合って生じ、個別に対処しても解決しきれないケースが多いということです。それでは、こうした「つまずき」をどう乗り越えるか。その解決策が実践的な提案につながっていきます。


《出典》

・今井むつみ(2016)、『学びとは何か ― <探究人>になるために』、岩波書店

・今井むつみ 他(2022)、『算数文章題が解けない子どもたち ことば・思考の力と学力不振』、岩波書店

・今井むつみ(2024)、『学力喪失 ― 認知科学による回復への道筋』、岩波書店




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