今井むつみさんの書籍から学ぶ「学び」の本質(前編)
- HT
- 5月5日
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更新日:5月21日
子どもたちに勉強を教える仕事をしている立場として、教育や子どもに関する新しい本や情報はできるだけ追うようにしています。ただ、塾を立ち上げてからのこの数年間は運営に多くの時間を割いていたため、読書や情報収集にまでなかなか手が回りませんでした。
それでも昨年後半から少しずつ時間の余裕ができ、教育関連の本をじっくりと読む時間がまた取れるようになってきました。
今年1月から3月にかけて、今井むつみさんの著書である『学びとは何か』『算数文章題が解けない子どもたち』『学力喪失』の3冊を読みました。どれも非常に示唆に富んだ内容だったため、ブログにてまとめてみようと思いました。3冊すべてを一度に取り上げるのはやや大変なので、前後編の2回に分けてお届けします。
「学び」とは何か?
今井さんの3冊の著書に共通するのは、「学び」に対する基本的なスタンスが、これまでの日本の教育観とは異なるという点を持っているということです。
彼女は学びを、「あくなき探究のプロセス。たんなる知識の習得や積み重ねでなく、すでにある知識からまったく新しい知識を生み出す。その発見と創造こそ本質」だと定義しています。
そのうえで、教育(とくに学校教育)の役割とは、「学び方を自ら考え、工夫し、『生きた知識』の体系を構築できる力」を育て、学び続ける〈探究人〉、さらには熟達者を育成することにあると述べています。
「生きた知識」とは?
では、「生きた知識」とは具体的にどういうものなのでしょうか。
それは、必要なときに即座に引き出せて、問題解決に活用できる知識のこと。これこそが真の「学力」であると今井さんは主張します。
反対に、従来の入学試験や学力テストで問われてきたのは「死んだ知識」——つまり、暗記してテストには答えられるけれど実際には使えない知識だと指摘します。
子どもたちの「つまずき」とは?
今井さんは、「なぜ子どもたちは分数や小数の計算を間違えるのか」「なぜ算数の文章題が解けないのか」といった問いから出発しています。こうした「つまずき」の原因が、これまでのテストでは測れないものであり、子どもたちの理解を的確に捉える新しい評価方法が必要だと考え、「ことばのたつじん」「かんがえるたつじん」といったテストを開発・普及しています。
具体的なつまずきの例としては、かけ算と割り算の混同、繰り下がりを忘れる、立式ができない、問題文の意味の誤解などが挙げられています。
「生きた知識」を支える力
まず著者は「知識=事実」ではないとしています。例えば、英単語や数学の公式を覚えるだけでは「生き知識」にはならないのです。つまり教科書に載っている用語や本やインターネットの情報だけを知ることが学習ではないとなります。
生きた知識とは自分で発見するものだというのが著者の考えです。「生きた知識」が成立するためには、以下のような条件が必要だと述べています。
1. 知識同士が関連づけられ、互いに影響し合うこと
2. 体の一部のように自然に使えること(=使い続けること)
3. 間違った知識を修正できること
4. 「自分は何がわからないのか」を理解できること(=メタ認知)
これらは、学習の基盤となる「スキーマ(暗黙の知識)」に大きく影響を受けるといいます。つまり、日々の生活や学習の中で形成された知識の枠組みが、その後の学びに深く関係するということです。
必要な5つの認知能力
この「生きた知識」を活用するには、次の5つの認知的能力が不可欠です。
• 実行機能:注意をコントロールする力
• 作業記憶能力:必要な情報を一時的に記憶し、処理する力
• 視点変更能力(他者視点取得能力):他者の視点に立って考える力
• 推論能力:学んだ知識を別の場面に応用する力
• メタ認知能力:自分の知識や行動を客観的に見つめる力
これらの力が欠けていると、学習の中で「わからない」が増えていき、子どもたちはつまずいてしまうのです。
今回はこのあたりまでにして、次回は「つまずきをどう乗り越えるか」「学校や家庭でできること」について、今井さんの提案を紹介したいと思います。
《出典》
・今井むつみ(2016)、『学びとは何か ― <探究人>になるために』、岩波書店
・今井むつみ 他(2022)、『算数文章題が解けない子どもたち ことば・思考の力と学力不振』、岩波書店
・今井むつみ(2024)、『学力喪失 ― 認知科学による回復への道筋』、岩波書店
